日記
韓国
続き…当時驚きのこと。
金浦空港着いたらキムチの匂い。
ソウルからホームステイ先春川市へ移動の乗用車はサイドミラー、ルームミラーが無い。
お世話になったところは産婦人科医院の家なのである程度裕福かも。お兄さんも医学生。
リビングという広い板の間には端から端まで豪華なラデンの家具。この家具の数とラデンの細工の豪華さで奥さんの実家の家柄が分かるという。
廊下が無く私が寝る部屋を人が通る。
一応お風呂はあってバスタブもあるけれど水しか出ない。
食事は板の間に座っていただくスタイル。
お母さん娘さん女の人達も足を立てて片手で食べる韓国スタイルがとっても行儀悪く見えて不快になる感じ。
朝食は夕ご飯より豪華で朝はいっぱい食べ、昼はお粥でキムチを入れて真っ赤にして食べる。
毎日食べる太くて長いゼンマイナムルが美味しかった記憶。更にビックリしたこと・・・
🇮🇱
かなり前の続き
もう行くことはないであろう衝撃的イスラエル。出入国テルアビブ空港、日本人に厳しかった。
というのは、過去に日本赤軍の乱射事件があったから。税関トランク開けて全部広げて調べる時間2時間。主人は仕事の書類内容も細かく説明。個人旅だから仕方なかったのかも。
せっかくここまで来たのだから行ってみようと次の行き先はエジプト。乗ったシナイ航空は面白くてずっと笑ってた。和田アキ子にそっくりな巨大なスチュワーデス(当時の言い方)何かあったらの安心感はなくちゃね。機内食はチーズが一枚のみの硬いサンド。カイロに着いて乗り換えルクソール行き。ここからがもっと面白い...
韓国
子供の頃はまだ朝鮮って言ってたような
思い出せば家には韓国グッズや飾り物が沢山。行ったり来たりの友好関係があったような。
突然、希望ではなかったのに交換学生で行くことに。(当時はまだ向こうは自由に日本に入れない時代)行くはずの弟が直前に拒否し、パスポートを持っていた私に急遽変更。
何の知識も無く行ってしまった。
開放的なカリフォルニアからの次は朝鮮へという極端さ。当時の韓国は驚きのことばかりで楽しかったという記憶はあまり無く、でも今とすれば体験思い返せば貴重。
当時は反日は全く無くて逆に日本に良くしてもらったという話をたくさん聞きました。
ホームステイ先のお母さんたちには、女の子が来るんだったらチョゴリ作って待ってたのにって。
南北事情、ご年配の方達から聞いた残酷な恐ろしい話しは忘れられない。決して統一は無いと言っていました。
ベルサイユ
初めてのベルサイユはパリからの日帰り観光だったので宮殿の記憶しかなかったけど、2度目はベルサイユに数泊。ベルサイユって宮殿のことだと思っていたら町自体がベルサイユ。宮殿がある敷地もとんでもなく広くて車移動。一泊目のホテルは夜着いたので分からなかったけど、次の朝出てみるとアメージング!目の前がベルサイユ宮殿。二泊目からは宮殿内森の中のホテル。窓から外を見たり散歩していると1770年代を想像...
パリ
パンデミックの前の年、展示会イベントでパリベルサイユへ。日本ブームには驚いた。
エレガントなホテルのレストランにはコーヒー紅茶と並んで一人一人用の南部鉄器と煎茶のセットがズラり。岩手産の南部鉄器がベルサイユにとは!岩手民の私は誇らしげ。(使わなかったけど)
パリ市内のショップ街には日本茶専門店も。店内にはお手前が出来る茶室がある。ドゴール空港に回転寿司!外国人でいっぱい。ピックリ!...
